辛い状況から脱出する鍵は状況の客観視 〜 治らない病気と生きるためにしたこと    その2

on

難聴にともなう耳の辛い症状と、そのストレスと恐怖から来る様々な精神的症状に悩まされ、何かにすがりつきたくなっていた私ですが、「すがる」のではなく、「自力でどうにかしようとした上で、どうしても自分ではできない部分を人に手伝ってもらう」のでなければ問題は解決しないのだということに気づきました。

なぜなら、他人は私ではないから。周囲は私の病気を心配してくれましたし、何かできることはないかと親身になってくれました。ありがたいことです。でも、耳の病気は外からはわかりにくく、私の耳の症状のような異常な状態を人にわかってもらうことは困難です。

「難聴で聞こえづらくなったから、塞ぎ込んでいるんだね」と人は考えます。でも、実際には「異常な音の世界の住民になって、発狂しそうになっている」という状況に近かったのです。一生懸命理解しようとしてくれる夫にすら、状況をうまく説明することはできませんでした。しかたがありません。なったことがないのだから、わかるわけがないですよね。そして、それは耳鼻科医であっても同じでした。

私の「耳鳴りのような症状」は実は、一般的な意味の耳鳴りではありません。耳鳴りというのは普通、静かな場所では気になるけれど、音楽がかかっていたりするとマスキングされて気にならなくなるものとされています。でも、私の症状は「外音に共鳴する」耳鳴りで、静かな場所ではそれほどでもないけれど、物音にシンクロして大きくなるのです。つまりアンプのようなものです。ですから、マスキングはできません。一番良いのは無音の部屋に一生閉じこもって口も聞かずに過ごすことなのです。音という音がすべて耳にとって負担になるので。でも、そんな風に生きるのなんて、不可能ですよ。こういうことも複数の耳鼻科医に説明しましたが、「はあ?それは変わっているね」と首を傾げられるだけで、今でも理解は得られていません。

人に状況を正確に理解してもらうことが極めて困難な状態で人になんとかしてもらおうとしても無理なのだなあとしみじみ感じました。自分のことがわかるのは自分だけ。だから、自分の置かれた状況を把握しようと思いました

 

まず、何がどう辛いのかを整理してみました。

  1. 原因不明の病気になったが、治療法はなく、内耳という器官の特性上、今後治る見込みはほぼない
  2. 歪んだ音を四六時中聞き続けなければならない状況の中で神経がやられ、心理的にダメージを受けている
  3. 音が怖いので日常生活が送れなくなった。仕事もできない
  4. 好きなこと(ピアノを弾いたり、音楽を聴いたり、旅行に出かけること)が二度とできなくなった可能性が高く、それがとても悲しい。生き甲斐を失った
  5. 家族に心配をかけているのが辛い

1については、諦めるしかないことがわかりました。でも、2は解決できる可能性があり、2が解決すれば3〜5の問題も改善するかもしれません。

2については、「鬱」「パニック障害」「不眠」という3つの問題がありましたが、不眠はパニックや鬱から来ていたので、まず鬱とパニックを治すことが重要です。そして、鬱とパニックは互いに関係しあっている部分がありそうです。

病気になってから最初のうちはネットでいろいろ調べていたのですが、ネットにはメリットがある反面、デメリットもあることに気づきました。ネット上には同じ病気に苦しむ人たちの掲示板などがあり、励ましあったり情報交換できるのですが、なにぶんみんな素人なので間違った情報も多く含まれていますし、何よりもまずかったのは「人の不安が伝染する」という怖い側面があることです。絶望的になっている人の話ばかり読んでいるとこちらも絶望的になって来たりします。それで、一旦そのような掲示板からは思い切って離れました。(今、突発性難聴にかかって辛い思いをされている人が偶然これを読んで不安になっていたらすみません。ハッピーエンドなので安心してください!

 

まず最初にしたことは、鬱病とパニック障害の文献を取り寄せて読むことです。怪しげなものに不安を煽られたり、インチキ臭い代替療法に騙されないように、なるべく淡々とした専門書を読むようにしました。鬱病とパニック障害とはどんな病気なのか、どんな治療法があるのかについて読み、抗鬱剤の種類と機序を調べました。

わかったことは、ドイツでは鬱やパニックの治療にはなるべく薬物を使用しない傾向があるということです。効き目に個人差があることや、副作用もあること、また薬に頼りすぎると服用をやめるとまた症状がぶり返すなどの問題のため、投薬は最低限に抑え、できるだけカウンセリングなどの方法を使うのが一般的らしい。そしてカウンセリングには大きく分けて、深層心理学療法と認知行動療法がある。前者は無意識のトラウマを掘り起こし、そこに働きかけることで心理的な問題を解決しようとするもの。通常、3年くらいかけてゆっくりと治すことを目指す。認知行動療法はもっと実際的な方法で、過去のトラウマなどは掘り返さずに現在起こっている問題の対処法を提示し、患者にそれを実践させる。効果が出るスピードは患者によるが、うまく行けば3ヶ月ほどで効き目が現れるということでした。

まず、薬についてどうするかを考えました。パニック発作を抑えるには精神安定剤が効きますが、私はすでにベンゾジアゼピン依存を起こしており、恐ろしくてもう手が出せません。処方してもらえる見込みもありませんでした。抗鬱薬については、長期服用はしたくないけれど、短期間なら有効なのではないかと思いました。その当時、市場に出ていた最も新しい抗鬱薬はSSRIで、脳内でシナプスにおけるセロトニンの再取り込みを阻害する薬でした。鬱病は主に脳内のセロトニンの濃度が低くなることにより引き起こされると考えられています(異説もあるようです)。セロトニンという物質は脳内でどんどん出しっぱなしになるのではなく、再び回収されてリサイクルされます。SSRIはその受容体を塞ぐことでセロトニンが再回収されるのを阻止し、それ以上脳内のセロトニン濃度が下がらないようにします。私の場合、もともとは小さいことにクヨクヨしない性格なので普段はセロトニン濃度には問題がなさそうですが、病苦によって濃度が短期間に急激に下がってしまったことが鬱症状の原因だと考えられました。つまり、一旦それを正常レベルに戻すことができれば慢性的な鬱に陥るリスクは低く、短期間で立ち直れそうだと感じました。そう考えて短期間だけSSRIの助けを借りることにし、総合病院の外来で説明し、処方してもらいました。

薬をもらうときに、カウンセリングも併用するようにと言われたのですが、私にとっては深層心理学治療は問題外でした。音が怖くて人と話せないのに、3年間もカウンセリングに通うのは無理です。それにトラウマ云々もあまり信じていませんでした。もちろん、トラウマのせいで鬱やパニックになる人はいると思いますが、自分の場合はそうではないだろうという気が強くしたのです。そこで、認知行動療法(CBT)に申し込もうとしたのですが、精神的問題を抱えている人はたくさんいるようで、予約を取れるのは早くても6ヶ月後だとのこと!そんなに待っていることはとてもできません。何もせずに待っていたら死ぬと思いました。

そこでネットで認知行動療法の本を取り寄せて読んでみました。読んでみると、論理としてとても明快で、納得が行きました。鬱や不安障害など多くのメンタルな問題は「危険ではないものを危険だと思い込む」「みんなが自分を嫌っているにちがいないと思い込む」など、特定のネガティブな思考パターンが脳内に定着してしまっていることが原因である場合が多い(すべてではないです)。しかし、その思考は事実とは異なるので、正しい思考、もしくはもっとポジティブな思考パターンによってネガティブな思考パターンを書き換えることで症状を改善できるというものです。認知行動療法では、自分を支配しているネガティブ思考パターンを整理し、それを少しづつ別のパターンに置き換えて行きます。普通はセラピストのところへ定期的に通ってセッションを受けるのですが、セルフヘルプという方法もあることがわかり、自分にもできそうな気がしました。

 

結論:  SSRIを服用して脳内のセロトニン濃度を正常に戻しつつ、認知行動療法を実践してパニック障害を治すというのが良さそうだ。

 

SSRIが効いてくる(つまり、セロトニン濃度が正常に近づいて来る)には時間がかかることを踏まえた上で、認知行動療法を毎日実践し、その他鬱病に良さそうと思われることをできるだけやる。

具体的には、

  • 太陽に当たる(特に網膜に日光を当てる。シミソバカスはこの際、気にしない)
  • 手作業をして気を反らす(庭仕事や窓拭きなどを毎日セッセとしました)
  • リズミカルな運動をする(まだ音が怖すぎて家から出られなかったので、ガムを噛んでました)

まあ、これらの補足的なことはどれだけ効果があったかわかりませんが、ただ泣いているよりはマシと思って一生懸命やりました。

肝心の認知行動療法ですが、私が克服したかったのは「音が怖い」ということです。とにかくありとあらゆる音が怖かったのですが、特に低音のブーンという音や大きな音が怖かったです。セルフ治療を始める前は、自宅のキッチンのIHクッキングヒーターのブーンという低音が怖くて(正常な耳にはほとんど聞こえないような小さな音でもパニックになりました)料理ができない、森へ散歩に行って飛行機の音が聞こえると怖くてパニックになる、スーパーの冷蔵庫のブーンという音が怖くて買い物に行けない、エンジンやモーター音が怖くて車やバスに乗れない等、要するに音がすることは何もできず、出かけることができませんでした。これらを克服しなければ生活できません。家族にも尋常ではない負担を強いることになります。

認知行動療法で不安障害を改善するには、怖いと思うことをすべて書き出し、そのそれぞれがどのくらい怖いのかを点数化します。マックス10点でまったく怖くなければ0点として考え、それらを点数の低い順番に並べます。

例えば、

  • IHクッキングヒーターの音   2点
  • 扇風機の羽音         2点
  • 掃除機の音          3点
  • 遠くで聞こえる飛行機の音   4点
  • スーパーの冷蔵庫や冷凍庫の音 5点
  • 車のモーター音        6点
  • 街の雑踏           7点
  • 電車の音           8点
  • アナウンスの声        9点
  • 空港の音           10点

のように点数化し、まずは一番点数の低いもの(IHクッキングヒーターの音や扇風機)を怖いと思う気持ちを克服することにチャレンジします。

それもいきなり荒治療ではなく、最初は10秒だけ扇風機をつけてみる。そして、どのくらい怖かったかをノートにつけます。予想と同じ2点だったとしますね。そうしたらまた10秒間やって、「どれくらい怖かったか」をノートにつける。今度は1点でした。予想が2点で実際には1点だったということは、「思ったほどは怖くなかった」ということになります。繰り返しているうちに0点になり、「怖い」という思考は「怖くない」に書き換えられました。こうして簡単なことから徐々に慣らし、およそ2ヶ月間でほぼすべての音が怖くなくなりました。(相変わらず音は割れているし、歪んでいましたが

不眠の方は、寝られないことがストレスですっかり消耗していたんですが、血圧の薬の処方箋をもらいにホームドクターへ行ったときに「不眠が酷くて辛い」と訴えたところ、サバサバした女医さんに「あら、寝られないなら無理して寝なくていいのよ。人はずっと起きていることはできないから、そのうち寝るから大丈夫」と言われて気が楽になりました。「寝られない」と思うのも、そういう思考パターンをインプットしてしまったからなのかなと。気にしなければいつか寝られると考えることにしました。

そのうち、抗鬱薬が効いて来ました。効いて来たと感じたのは、それまで一日中病気のことしか考えられなかったのが、あるときハッと気づくと病気以外のことを考えていたからです。これは良い傾向だ!脱出できる日は近いかもしれないと嬉しくなりました。そしてまもなく、病気以外のことを考える時間が日に日に長くなって行き、ネットでくだらないお笑いとか見て笑うようになったので、「よし!もう大丈夫そうだ」と判断し、断薬することにしました。といっても、いきなりやめると離脱症状があると読んでいたので、ちょっとづつちょっとづつ様子を見ながら量を減らして行き、2ヶ月ほどかけて完全に断薬。

このようにしておよそ4ヶ月後にはパニック発作はなくなり、普通にネットサーチを楽しんだりブログを書いたりして(その当時は、今は閉鎖した別のブログをやっていたので、それを再開しました)日常生活に戻って行きました。不眠症も治って、それどころかこのセルフ治療をやって以来、いつでもどこでも寝られる体質になり、それまでは酷かった時差ぼけもほとんどしなくなったので、逆に得したくらいです。寝られなかったら寝なければいいと思うことで気が楽になり、すぐに寝られるようになったみたいです。

久しぶりに家族と旅行に出かけたときはさすがにちょっと怖かったですが、これも行動療法のコツで乗り越えることができました。

こうしてメンタルな問題は解決することができたものの、耳の病気が治ったわけではありません。でも、「怖くない」「大丈夫」と自分を信じることができるようになったら、症状が随分緩和されました。聴覚過敏はほぼなくなり、音の割れはかすかに残っていますが、ほとんど気にならない程度です。耳鳴りのような変な症状は相変わらずなんですが。今はごく普通に生活できていますが、できないことやなるべくしないようにしていることがいくつかあります。

  • ピアノは弾けません(骨からも音が伝わるのでキツイです
  • 音楽は小さい音で短時間であれば楽しめますが、耳に負担なので最低限にしています
  • 音が反響する場所は可能であれば避けます
  • 飛行機に乗るときにはノイズキャンセリングのヘッドフォンを着用して耳を保護します
  • 電話は右耳で聴きます
  • 普通の場所では人の会話は問題なく聞き取れますが、あまりにざわざわしている場所ではよく聞こえません(ときどき聞き返します
  • 通訳の仕事はよほどうるさい場所でなければ可能ですが、終わった後にすごく耳が疲れて回復するのに何日もかかるので、もうやらないことにしようと思っているところです
  • コンサートは基本的にNGですが、一生コンサートとおさらばも悲しいので、たまには特例を作って聴きに行きます。後で耳がえらいことになりますし、こういうことをするたびに少しづつ聴力が失われていくのもわかっていますが、楽しいこととのトレードオフとして自己責任でたまに行きます

耳を使わないことが一番耳にいいのですが、生きているのでそうも行きません。これから死ぬまでの間に聴力がじわじわ落ちていくことは確実ですが、急激にそうならないように気をつけつつ、でもあまり気にしすぎないで生活を楽しもうと思っています。気をつけているのは、「無理をしないこと」「我慢をしないこと」「幸せを大切にすること」。好きだと思うことをして、辛いと思ったらなるべくしないで済む方法を考える。つまり、幸せを追求しています。だって、そうしないと家族が不幸になるからね。

たまーに、風邪をひいて耳の症状がいつもよりも酷いときなどに、フッと0.01秒間くらい悲しくなるときがありますが、次の瞬間にはまた機嫌良くなっています。私は家族にも友人にも恵まれたとても幸せな人間だという思考パターンが脳内に定着しているのかな。

 

人生はいつ何が起こるかわかりません。これからも辛いことがいろいろ起きるかもしれない。明日事故で死ぬかもしれないし。でも、今はまだ起こっていないのだから楽しむ。起こってしまったらまた対策を考える。そうするしかないよね。

辛いことを乗り越える方法は人によって違うでしょう。その人の性格に合った方法がある。だから、私のやり方が誰にでも通用するものだとは考えませんし、どんな方法でも結果としてその人が楽になったのなら、それが正解なのでしょうね。私の場合は状況を客観的に見つめることが鍵であるように思います。迷路の中にいるときには出口がどちらにあるかわかりません。右往左往して疲れ切り、絶望的になってしまうかもしれません。でも、迷路を上から見れば、どう動けば良いかがわかります。それと似ていて、主観の中にどっぷり浸かっていると焦りや悲しみしか感じることができませんが、主観から離れ、自分を外側から眺めようとすることで解決の糸口が見つかる気がします

他人にすがろうとしても、他人には私のことがよくわかるわけではないので、どう助けたらいいのか、きっと困るでしょう。でも、自分が解決するんだという意思を持てば、人にどう助けて欲しいかも見えて来るように思うんですよ。