超文系から理系になる これまで辿ってきた道 その2

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高校化学のモル計算で躓き、高校物理で理解不能に陥って以来、すっかり理科アレルギーになり、科学全般を拒否していた私が、どのようにして科学が好きになったかという話の続きです。

科学が気になるようになったのは、子どもを持ってから。

それ以前の私は言語や文化に興味があり、人の行動は社会的に作られるのだと思っていました。息子が生まれたのは、まだ脳科学や遺伝子研究の成果が一般的に知られるようになる少し前の話で、人は環境によって作られるという考え方が社会全体で強かった気がします。私自身、文化人類学という学問をやっていたこともあり、人の行動をすべて文化という文脈で捉える癖がありました

ところが、子どもが生まれてみると、なんだか不思議なのです。ハイハイできるようになった息子は、機械や電気のスイッチをやたらと触りたがります。彼のいたずらで、ラジカセやテレビのリモコンはあっという間に破壊されてしまいました。しかし、せっかく買ってやったぬいぐるみには息子は見向きもしません。彼は、こちらの意図とは関係なく、自分の本能に基づいて行動しているようでした。そんな息子を見て、「人は白紙の状態で生まれるのではないのだな。持って生まれたものって、やっぱりあるんだなあ」と。それ以来、子どもを観察するのが面白くてたまらなくなりました。これが私が生物学に興味を持つようになったきっかけです。

きっかけはもう一つあります。

3歳になった息子は幼稚園に通い始めました。幼稚園は我が家から大人の足でほんの5、6分の距離だったのですが、息子を迎えに行って一緒に帰るのに、なんと30分もかかったんです。というのは、彼は数メートルごとに立ち止まって石ころを拾ったり、道端の葉っぱを触ったり、塀があると登りたがったり、水たまりに飛び込んだりするので、ちっとも前に進みません。早くおうちに帰ろうと手を引っ張ろうものなら大泣き!あ〜あ、やれやれ。

ある春の日、いつものように道草を食う息子をちょっとイライラしながら待っていると、「おかあさん、みて!」と息子が草むらを指差しました。見ると、宙を舞う大量のテントウムシ。そしてあちらこちらでカップルが盛大に交尾をしています。

うわあー、すごい!

すっかり魅了されてしまい、息子と一緒にしばらくじーっとテントウムシを観察していました。このとき、ふと思ったのです。息子を連れていなければ、私はこの道を足早に通り過ぎ、テントウムシになど目もくれなかったに違いない。こんな面白いものに気づくことはなかったのだな。私は世界を見ているつもりで、ちっとも見ていないんだ。自分が関心のあるごく狭い部分だけを見て生きている。でも、世界は自分が思っているよりも、きっとずっと奥深いのだろう。

「そこにあるのに今まで目を向けてこなかった世界を知りたい」

このとき初めて、そう感じました。

自然って、面白いのかも。生物学って、面白いのかも。科学って、面白いのかも。そんな思いが頭の中をめぐるようになったのですが、知りたいと思いつつ、何をどう知ればいいのかがまったくわからない。

 

ちょうどその頃、私はたまたまネット上で読書好き日本人のフォーラムに参加していたのですが、子どもの頃好きだった本や作家について語り合っていると、あるメンバーがこんな書き込みをしました。

僕はアイザック・アシモフの科学エッセイシリーズが好きでした。科学的な知識はほとんどアシモフの科学エッセイで身につけましたよ

ほう、、、アシモフ。名前は聞いたことがあるけれど、読んだことはない。そうか、それを読んでみればいいのかな?

しかし、その頃はまだAmazonもなく、日本からドイツへ書籍を取り寄せることは難しかったので、最寄りの書店へ行きました。でも、残念ながら、そこには「アシモフの科学エッセイシリーズ」なるものは置いていませんでした。アシモフのSF小説以外でその書店にあったのはこれ一冊。

 

生物学の本ではありませんでしたが、これしかなかったので、とりあえずこれを購入。考えてみたら、意識的に科学書を読んだことはそれ以前にはなかったように思います。つまり、これは記念すべき私の科学書デビューの本。

地球と宇宙について平易な英文でわかりやすく説明しており、とても読みやすかったです。でも、書かれていることは、私にはほとんど知らないことばかり。tectonic platesという言葉が出てきましたが、何のことかわかりません。(テクトニックプレートすら知らなかったんです!!)

まだWikipediaも存在せず、ネットのサーチエンジンも頼りない頃だったので、さっと検索するというわけにいかず、理系の弟にメールしました。

「tectonic platesって、何?」

弟の説明を聞いて、へええ〜っ、なーんにも知らずに生きて来たけれど、地球ってスゴイんだねえ、面白いんだねえと感心することしきり。

こんなわけで、アシモフ博士の本によって科学への道の第一歩を踏み出した私でしたが、そのとき、息子は3歳でとても手がかかりましたし、また、お腹には娘がいたので、ゆっくり読書もままなりません。「気になる、知りたい」という気持ちが徐々に膨らみつつも、生き物としての息子の行動を観察する以外には、ほとんど何もできませんでした。

 

そんな状況に進展が訪れたのは、それから何年もが経過してからです。(その3に続く)