超文系から理系になる これまで辿ってきた道 その1

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理科のじっけん
理科のじっけん

もう随分長いことオンライン大学で科学を学んでいる私ですが、現在、学士過程の最後のモジュールである卒業研究に取り組んでいます。もう一息で正式な理系(?)になれそうです。

近頃、人間を文系と理系に分けるなんてナンセンスだという指摘がよく聞かれるようになりました。日本の国立大学では文理融合学部の新設が相次いでいるそうですね。

実際、世の中は、まるでお弁当箱の中で仕切られたご飯とおかずのように、文系と理系の領域に分かれているわけではありません。科学は人間の生活のすべてに関わっていますから、「自分は文系だから科学は関係がない」ということはありませんよね。逆に、理系の人であっても政治や経済のことを考えないわけにはいかないでしょう。その人によって文系領域・理系領域のどちらかの知識がより多い、より得意というのはあっても、人を文系か理系のどちらかのカテゴリーに分類するという考え方は、そもそも変なのですね。

今は私もそう感じるようになったのですが、昔の私はまさに「超文系人間」でした

高校の進路分けで文系クラスに振り分けられて以来、文系のレッテルを自ら貼り付け、「私は文系だから、科学には関心を持たなくていい。どうせ理解できない」と、理系分野に関することは避けて暮らしていました。それが今では大学で科学を学び、ドイツの科学技術に関するブログを運営しているのだから、人生はわかりませんね。

科学に興味を持つきっかけは育児や周囲の理系の人たちの影響など、いろいろあったのですが、能動的に学ぶ気になったのは、「科学を避けて生きることは、世界の半分くらいを無視して生きることでは?」と思ったから。言いかえれば、「知らない世界を見てみたい」ということです。それまでの私の発想は「知らない世界を見に行く=外国へ行く」でした。知らない土地に行けば、未知のものにたくさん触れることができます。それはとても楽しく刺激的なこと。今も旅行は大好きです。でも、ちょっと待てよ。場所を変えなくても知らない世界を知ることはできるのでは?そこにあるのにずっと無視している世界、自ら勝手に「ないこと」にしている領域があるのではないか。

そう思うようになってから「科学なんて自分には難しすぎでは?」と思いつつも、ソロソロと科学の世界に足を踏み入れ、少しづつ少しづつ進んで来ました。もちろん最初は大学に入り直して勉強しようなどとは思ってもみませんでした。酷い科学オンチのレベルから、できそうなことをちょっとだけやってみたら楽しくて、もうちょっとやってみよう、あとちょっとだけ、、、といつまでも止めずにいたら、ここまで来たという感じです。

 

少し前の記事になりますが、茂木健一郎さんと波頭亮さんの「これからの時代に求められる学びのスタイル」という対談で、これからの時代は理系・文系という線引きを止め、誰もが両方の要素を身につけることが大切であるということ、そして大学でどちらかを学んだ人が反対側の要素をどのようにして身につけたら良いかということが語られています。

この対談で茂木健一郎さんは、このように仰られています。

だから「自分が学んだ反対側の要素を身につけるには、どうしたらいいでしょうか?」と聞かれたら、ただ「やればいいんです」というだけの話です。例えば、ヒッグス粒子が話題になったら、ちょっと調べればいいじゃないですか。Wikipedia(ウィキペディア)でも出てきますよ。そうやって調べたら、キーワードだけでもわかります。

ただ、やればいい。確かにそうですね。やればいい。ただ、やればいいと言われても、全く自信のない分野のことを始めるときって、「どこから手をつけたらいいのか」がわからなかったりしませんか。情報にはいろいろなレベルがあり、いきなり難しいものは理解できません。科学の知識ゼロの状態でいきなり未知の科学分野についてのWikipediaの説明を読んでも、なんのことだかサッパリわからないものではないかと思います。少なくとも私はそうでした。特にWikipediaはハイパーリンクだらけなので、わからない言葉をクリックしているうちにどんどん元のキーワードから離れて行ってしまい、余計わからなくなったりしました。

ですから、私の場合はうんと低いレベルからスタートしました。最初は何をして、それからどんな風に今まで進んで来たのか。自分で振り返る意味で、次回の記事でそれをまとめてみようと思います。