ドイツのユダヤ人、Shahak Shapira氏の著書を読んでみた

先日、書店でこんな本を見かけました。

Sahara Shapira “Das wird man ja wohl noch schreiben dürfen! Wie ich der deutscheste Jude der Welt wurde

これを見たとき、タイトルの「これくらい書いちゃっても構わないよね」が何を意味しているのかわからなかったのですが、「私はどのようにして世界一ドイツ的なユダヤ人になったのか」という副題に惹かれて思わず買ってしまいました。

ユダヤ人としてドイツで生きるということには、日本人としてドイツに生きるのとは全く違った意味があるでしょう。ユダヤ人である著者は何を考え、何を感じながらドイツで生活しているのだろうと気になりました。

著者であるShahak Shapiraさんは14歳のとき、母親の再婚によりイスラエルからドイツへ移住しました。Shahakさんの祖父の一人はポーランドでホロコーストにより家族全員を失い孤児となった人で、もう一人の祖父は1972年のミュンヘンオリンピックテロでパレスチナ武装組織に殺されています。

民族間の敵意や憎しみ、差別に苦しめられた家族史を背景に持つShahakさんが2002 年に移り住んだのはザクセン=アンハルト州にある人口3000人ほどの小さな町、Laucha。よりによって極右政党NPDの支持率が高い地域です。移住してまもなくメンバーになった地元の少年サッカーチームのコーチは、あろうことにネオナチの地元組織の創始者でした。

外国人のほとんどいない町でティーンエイジを過ごし、成人したShahakさん。周囲の偏見による不愉快な思いをすることも少なくなかったようです。高校を卒業後、ベルリンに移り住んだのですが、今度は大晦日にベルリンの地下鉄でユダヤ人排斥を叫ぶ集団から暴行を受けるという大変な目に遭います。この事件は国内外のメディアに大きく取り上げられ、イスラエルからドイツ退避勧告を受ける事態に発展しました。しかし、Shahakさんはこの勧告には従わず、現在もベルリンに住んでいます。今後もユダヤ人としてドイツで生きて行く意思があるそうです。

著書にはイスラエルでの子ども時代を含めたShahakさんの半生が綴られていますが、独特のユーモアに満ちた文体で、暗さはありません。人種差別には断固として反対しながらも、だからといってドイツ人、またその他の民族を一絡げに否定することを拒絶しています

 


Shahakさんが出演しているドキュメンタリー。7:55くらいから

 

日本人の感覚ではとても特殊な人生に感じられるかもしれません。移民の多いドイツに暮らしていると、様々なバックグラウンドを持つ人たちのライフストーリーに触れる機会がよくあります。そのような話を見聞きしたり、移民背景を持つ人が書いた本を読むたびに自分の人生を生きているだけでは知り得ないことに気づかされ、世の中は自分が普段考えているよりももっと深く、複雑なのだなあと感じます。

 

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