ドイツの散歩文化は自然と健康を同時に守る良い習慣

ドイツに来たばかりの頃、とても驚いたことの一つは、ドイツ人が良く散歩をすることでした。

週末や祝日、そして時間があれば平日にもドイツ人は散歩に出かけます。春夏秋冬いつでも。晴れの日のみならず、風吹く日や雨の日にも、雪の日にすら散歩に行く人が多いです。防水ジャンパーのフードを被って、森の中や川べりや湖のほとりや公園の中をてくてくと。

これは私にはとても奇妙に見えました。晴れた日に散歩をする、素敵なお店やお洒落なカフェを巡りながら歩く、旅行で訪れた場所を探索するというのならわかりますが、一体なぜ、寒い日にまで、たいして何もないような場所(と私には思えた)をうろつき回らなければならないのだろうと。

週末に郊外や別の町に住むドイツ人の家を訪れると、「いらっしゃい」と家の中に迎え入れてくれ、飲み物を一杯出してくれた後、「じゃあ、散歩に行こう」と誘われたりします。よそのお宅を訪問するからと、スカートにヒールのある靴など履いて行っていると、「それでは歩きにくいね。他の靴は持って来なかったの?」と言われたりして、「え?」と面食らいます。散歩になど行きたくないとも言えず、しかたなくついて行くと、「私はここをいつも歩くんだよ」と、嬉しそうに自慢のお散歩コースを案内してくれるのです。

ドイツ人の散歩は長い。10分や20分ではなく、30分、ときには1〜2時間も歩き続けます。大人も子どもも老人も。赤ん坊が生まれれば、生後まもない赤ん坊をベビーカーに乗せて公園や森へ出かけます。

あるとき呼ばれた友人の結婚パーティでは、教会での式の後、すぐに食事会かと思いきや、間に「お散歩タイム」がありました。正装をした結婚式の参列者らが教会付近の森の中をぞろぞろと1時間以上、歩き回り、ようやくレストランへ。

私が一時期住んだ埼玉県西部の町にはドイツ人の駐在員夫婦が田んぼのすぐそばの借家に住んでおり、ある日、彼らのパーティに呼ばれて出かけて行くと、ドイツ人達が遠くから集まっていました。やはり誰からともなく「散歩に行こう」と言い出し、田んぼのまわりを皆でぞろぞろと。日本人の目にはどのように映ったでしょうか。

 

とにかく、ドイツ人は散歩が好き。

 

散歩が好きな理由は、主に「健康に良いから」と「自然が好きだから」でしょうね。散歩が健康に良いというのは誰しもが直感的に感じることと思いますが、血流が良くなる、肺や心臓・足腰が鍛えられる、鬱病の予防や改善、痴呆や肥満防止などの効果の他にも、最近ではアンチエイジング効果もあることがわかっています。コペンハーゲン大学の研究によると、散歩をすることで皮膚の修復に関わる重要なシグナル伝達物質であるインターロイキン6の産生が活発になり、肌のハリを保つ効果があるそうですよ

 

19世紀、近代化に伴って交通網が発達するようになると、欧州ではそれと反比例するかのよう牧歌的な風景への憧れが人々に芽生え、散歩が流行しました。最初は貴族の習慣でしたが、彼らの作った大庭園には柵や壁がなく、開かれたスペースであったことなどから、庶民の間にも急速に散歩が広まっていったそうです。

文豪ゲーテは言いました。

Nur wo du zu Fuß warst, bist du auch wirklich gewesen. (本当の意味で行ったことがあると言えるのは、自分の足で歩いた場所だけだ。)

確かに、乗り物で素早く移動してしまったら、いろいろなものを見過ごしてしまいますね。

 

散歩は今でもドイツ人の生活の中にしっかりと根付いているだけでなく、学術的にも研究されています。1980年代の始め、スイスの社会学者で経済学者だったLucius Bruckhardt氏が構想した”Spaziergangswissenschaft”または”Promenadologie”(散歩学)は、ドイツのカッセル大学で学問として確立され、現在もドイツ各地の大学で学ぶことができます。散歩学とは、人が環境をどう認知するか、人と環境の間にはどのような相互作用があるかを分析する学問。狭義の意味での散歩、つまり徒歩での移動だけではなく、様々な交通手段を含めた移動を人間の認知活動の観点から捉えるもので、現在のドイツの都市計画やランドスケープ・アーキテクチュアにもインパルスを与えているのだそうです。

 


最初はドイツ人の散歩行動に驚いた私ですが、今ではすっかり散歩ファンになりました。我が家では犬を飼っているのですが、毎日、仕事の合間に犬と一緒に近所の森や湖を歩くと、頭が冴えて気分もスッキリします。ドイツ人には環境保護への関心の高い人が多いのですが、当然なのかもしれません。自分が日々歩く場所の自然が保たれてほしい、美しい景観を壊して欲しくないと、散歩をする人なら、きっと誰でも思いますよね。

 

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