私がデジタルノマドを目指さないことにした理由

最初に明らかにしておきますが、この記事はデジタルノマドという最近注目されている働き方を否定したり、疑問を投げかけるものではありません

今から書くことは、私個人がデジタルノマドをいいなと思い、でも、少し試してみて「やっぱり自分には最適ではない」と思ったその理由についてです。逆に、どんな条件をクリアすればデジタルノマドというライフスタイル(ワークスタイル)を実現できるかを考える際に、もしかしたらどなたかの参考になるかもしれません。

 

デジタルノマド

 

最近、聞かれるようになったコンセプトですが、その定義は人によって違うかもしれません。私が考えたデジタルノマドとは、「移動」と「仕事」を同時に行うライフスタイルのこと。つまり、旅をしながら旅先でも仕事をする、もしくは仕事をしながら旅をすること。

すでに何度も書いていますが、私は旅行が生き甲斐で、頻繁に、ある程度長期的(少なくとも数週間単位)に旅がしたいので、特定の企業や組織には一度も属したことがありません。ずっとフリーランスで働いています。

私が大学を出た当時は今とは違い、インターネットというものはありませんでした。仕事も、そして旅も、すべてがアナログでした。

できるだけ頻繁に好きな旅をするために私が考えたのは、「数ヶ月集中して働き、数週間休んで旅に出る」というものでした。当時は円が強かったため、決して非現実的なアイディアではなく、しばらくそれを実践していました。けっこう良い案配ではあったのですが、どこか知らない場所へ旅行に行くと、その場所について深く知りたくなってしまう私は、数週間の滞在ではただその国の表面をつまみ食いしているだけのような気分で、どこか物足りないものを感じてもいました。

 

どこか一つの場所にじっくり腰をおろして、その国のことを知りたい!

 

そんな欲求をしだいに抑えられなくなり、東京のアパートを引き払ってドイツへ来てしまいました。

そのままドイツの大学に入学し、結婚し、子どもを育て、「一つの国をじっくり知りたい」という願望は満たされました。でも、どうしようもなく欲張りなことに、「一つの国を知るだけじゃ嫌。他の場所も知りたい」と、ドイツに住みながらも相変わらず旅行ばかりしています。

幸いドイツでは会社員も有給休暇を多く取れるので、勤め人の夫と一緒に数週間単位で旅行に出ることができます。ただ、子どもがいると、子どもの学校の休みのときにしか旅行することができないのはドイツも同じ。ですから、私の旅は数年前まで子どもの学校スケジュールに連動していました。

ようやく子ども達も大きくなり、必ず親について来るわけでもなくなったので、ようやく学校のスケジュールと無関係に旅ができると思い、ふと気づくと、世の中はすっかりデジタル時代になっていた。

ということは、パソコンさえあれば、翻訳の仕事はどこでもできる!だったら、仕事をしながら旅をすればいいじゃない?

これは私にとって、かなりワクワクする発見でした。とうとう、そんな夢のような時代が来たのか〜と。それで、仕事と旅を同時進行で行うデジタルノマドを目指そうと思ったのです。

でも、この1、2年ほど試してみて、「うーん。もしかして、これは自分には合っていないのかな?」という気がしていたんですよね。今回スリランカへ行って(今回は家族旅行だったので、仕事は持って行かなかったのですが)、自分はやっぱりデジタルノマドは目指さないことにしようという結論に達しました。

 

理由は2つあります。

 

一つには、デジタルノマドを実現するための「インフラ」が世界中で整備されているわけではない、ということ。

 

過去数年の間に訪れた場所で、「どこでも快適にインターネットが使えた場所」はアイスランド、USA、モスクワ。これらの国では仕事をしようと思えば、滞在するホテルや町のカフェで問題なく仕事ができました。

日本への一時帰国の際は実家にWi-Fiがないので不便なんですが、ポータブルルーターがあれば、まあ大丈夫です。でも、ルーターの電池がけっこう早く切れるので、外でネットを使用する時には電池を気にしながら。長時間仕事をすることは難しいです。東京都内であれば電源のあるカフェがあちこちにあるかもしれませんが、私の実家のある北海道ではそうではないのです。

それ以外の多くの場所でも、宿泊施設を予約するときには無料Wi-Fiが使えることを事前に確認して予約しても、そんなにすんなりとは行かず、困る場面が多かったです。

例を挙げると、

  • トルコ(アラニャ)のホテルでは、ネットがほとんど使えなかった (2015年の情報)
  • ポーランド(ワルシャワ)では、Airbnbで借りた部屋のネットが遅過ぎて使えず、Wi-Fiのあるカフェを近所に探そうとしても、そもそもその検索をすることができず、1日半ほどロスした (2016年の情報)
  • イタリア(ボローニャ)にはWi-Fiの使えるカフェがほとんどなく、昼間観光中に仕事関係のメールを送受信しなければならないときには、いちいちアップルストアの店の前に立ってやっていた(2015年の情報)
  • スリランカでは、泊まったホテルすべてでネットが繋がりにくく、ほぼアナログ状態(2016年の情報)
  • コスタリカのエコロッジでは「ネットばかりしないで自然を楽しんで」とロッジのオーナーさんに怒られ、一日3時間しかWi-Fiを使わせてもらえなかった(2015年の情報)

世界中でだんだんとデジタルインフラが整って来ているとはいえ、「いつでもどこでもサクサク」の状態にはまだまだ程遠いというのが私の経験です。ネットが自由に使える先進国の主要な都市間だけを移動するのであれば、移動しながら仕事をすることも十分可能だろうと思いますが、それは私がしたい旅とは違います。途上国にも行きたいですし、いつも都会にいるわけでもありません。Wi-Fi完備とホテルの案内に書いてあっても、実際に快適に使えるかどうかは行ってみるまでわからないので、使えるものとアテにして仕事を持って行くと、かなり困ることになりかねない。

私の場合、クライアントに迷惑がかかることを恐れて、これまで「確実に仕事が可能」とわかっている行き先にしか仕事を持って行っていないので、特に問題が生じたことはないんですが、仕事の問い合わせは旅行中も入って来ます。問い合わせメールを受信したことに気づいても、長時間の移動中だったりネット接続が切れたりでなかなか返信メールを書けないまま時間が過ぎて行くと、返信するまで気が気でなく、旅行を満喫できないんですよね〜。

 

そして、今回の旅行では「ネットが繋がらない」以前のもっとまずいトラブルが発生しました。

なんと、MacBookAirがつかなくなってしまいました・・・

今日旅行から戻ったばかりでアップルストアに持って行っていないため、原因ははっきりはわからないのですが、スリランカの海辺の開放的な造りのホテルで使っていたときに、塩気を含んだ湿った空気にさらされたのがよくなかったのではないかと思います。

「パソコン使用に適さない環境がある」ことを考慮していなかった自分のせいですが、どのような環境かは行ってみるまでわからない部分が大きいです。泊まっていた場所は周囲に民家すらほとんどない、牛がうろうろしているようなところで、ジーニアスバーなどもあるはずもなく。

この記事は自宅のデスクトップで書いていますが、MacBookAirは私の仕事用のメインマシン。商売道具をダメにするとは、愚かでした。そんなわけで、旅行にはメインマシンを持って行くことは避けた方が無難だと考えているところです。

 

まとめますと、「先進国の都会以外では快適にネットを使用できるとは限らず、仕事に支障が出る可能性がある」ということで、賢い人はそれを回避するための道具やハック術を駆使して仕事をこなしているのかもしれませんが、いろいろ持つと荷物が増えてしまうし、環境整備のために多大なエネルギーを費やさなければなりません。結局、「そこまでして、どうしても旅先でも仕事がしたいのか?」と自問し、私は、旅の間は基本的に仕事をしない方が精神衛生上良いという結論に達しました。

 

もう一つの理由は、もっと個人的なこと。「自分自身の性格が旅をしながら仕事をするのに向いていない」とわかったんです。

 

旅にもいろいろな種類があります。目的やスタイルは人それぞれですよね。

私の場合、旅行の目的は「のんびりと優雅な時間を過ごすこと」ではなく、「新しい情報をインプットするため」です。だから、どこかの国のリゾートホテルのプールサイドに座って海を眺めながらパソコンのキーボードを叩き、仕事が一段落したらプールに飛び込み、夜はホテルのビュッフェで舌鼓を打つ・・・というのはそもそも無理。

いえ、リゾートホテルなんてそんなゴージャスなものでなくても、街角のカフェで冷えたアイスティーを飲みながら仕事に没頭ということすら難しい。

私が旅先でしたいのは、動き回ること。視界に入って来るものに眼を凝らし、聞こえて来る音に耳を澄まし、「ここはどういう場所?これはどういうこと?」と考えたいんです。

スリランカへ行ったなら、スリランカのことしか考えたくない。

 

カラフル

 

目の前の景色と全く関係のないテキストは読みたくないんですよね。仕事を旅先に持ち込まないまでも、家の本棚にあるまだ読んでいない本をスーツケースに入れて持って行くことはこれまで何度もしましたが、実際に旅先で読んだ試しがありません。なぜなら、ある場所に着いた途端、全身がその国モードに切り替わってしまう。アイスランドにいるときに日本の小説なんて読めないし、トルコではドイツのノンフィクションは読んでも頭に入って来ない。

新しい情報がどんどん自分を取り囲んでいるときに、それをスルーすることができないのです。

 

ビシュヌ

 

職業が旅ライターとか、あるいは他の何かクリエイティブなものであれば、旅が刺激になって仕事を生み出すことも多いのではないかと思いますが、翻訳者としての私の仕事は与えられた情報を処理することなので、旅をしていると余計な情報が入り込んで来て集中できなくなるということがわかりました。

どうやら、仕事にも旅にもしっかり集中するためには、両者を分けた方が良さそうです。

そんなわけで、デジタルノマドというワークスタイルは目指さずに、「一定期間集中して仕事をし、オフのときには旅に集中する」という、自分が最初に考えたスタイルに戻ることにします。

 

一つ目の理由、デジタルインフラの未整備に関しては、今後、改善して行くでしょう。でも、二つ目の理由は自分自身の性格によるものなので変わることはほぼないはず。

 

デジタルノマドになりたいと思う人は、「自分は周囲の情報を自由自在に遮断できるタイプかどうか」を考えてみてはいかがでしょうか。遮断するのが得意な人はデジタルノマドライフが向いていそうですね。

自分に合ったことをする。それが一番と思います。