旅をするのは、共感の糸を結ぶため 〜 スリランカより

現在、旅行でスリランカへ来ています。

南アジアは初めてですが、とても楽しく過ごしています。

コロンボ郊外の国際空港からそのままタクシーに乗って、高原地帯にある古都キャンディへ行き、そこで数日を過ごした後、東海岸のPassekudahというところへやって来ました。

 

キャンディ
キャンディの町

 

キャンディはダラダー・マーリガーワ寺院という仏陀の歯が祀られた有名なお寺のある観光地で、青々とした熱帯林に囲まれています。そんな豊かで湿潤なキャンディとはうって変わって、今いるPassekudahのあるスリランカ東部は乾燥地帯。キャンディを出てしばらくは豊かでのどかな風景が続いていたのに、東部へ移動するにつれ、民家はまばらになり、乾いた不毛の土地へと変わって行きました。コロンボからキャンディまで続く国道沿いにあれほど密集していた商店もいつか途絶えました。下水道設備のない地域に入り、雨水を溜めるためのタンクがあちこちに置かれています。でも、雨水だけでは生活に必要なだけの水は得られないようで、遠方からトラックで運んでくる飲料水を入れると思われる大きなポリタンクが集落の中心部に備えてありました。

 

ちょうど学校の下校時間で、制服姿で長い道を歩いている子供たちとたくさんすれ違い、彼らの表情は子どもらしく明るかったけれど、集落の人々の生活は大変厳しいと思われます。放牧されている牛はみな、恐ろしく痩せていました。

 

痩せた牛

 

海岸に近づいて来たら、また少しづつ人の姿が増えて来ていくらか活気が感じられるようになり、国道沿いのダウンタウンのような場所を抜け、海岸沿いのホテルにたどり着きました。

ここスリランカ東部は、数年前まで内戦の戦場となっていた地域。だから、土地が痩せているだけでなく、長年の戦争で荒廃し、ツーリズムも発展して来なかったようです。ようやく最近になっていくつかリゾートホテルが建つようになったとのこと。私たちが泊まっているの半年前に建ったばかりの真新しいホテル。私は旅行中には現地の人との交流を求めるのでリゾートにはあまり興味がないのですが、ここには民宿も安宿もないのでリゾートホテルの一つに宿泊することに。

リゾートホテルとは言いつつも、スタッフはまだあまりいろいろなことに慣れていない様子。建物は立派ですが、サービスは正直言って微妙。夕食の時間が終わってしばらくすると、ロビーの電気を早々に消してしまいます。売店もないし、カフェもないし、今日の夕方は「殺虫剤をロビーに撒くから、部屋に入っていてください」と言われたり。スタッフはみな感じが良く、頑張っているようですが、欧米スタンダードとは言えない感じ。

 

ホテルの周辺に何もないので、今日はトゥクトゥクに乗って、数キロ先のダウンタウンまで行きました。ダウンタウンといっても、道路沿いに市場や商店が数十軒あるだけの、特にどうということもないものです。でも、私はそこへ行って、「ああ、このなんということもない東部の村に来てよかった」と思ったんですね。人々は貧しく、平均的日本人にとっては考えられないような生活水準ではあるものの、彼らにとって「普通の生活」を営む様子を見、肌で感じることができてよかったと感じました。市場で会った人たちは、とてもフレンドリーで、誰と目が合っても笑いかけてくれ、平穏な空気が漂っています。ついこの間まで、ここで戦争をしていたとはとても想像できません。

ダウンタウン
ダウンタウン

 

市場
市場

 

ロティ屋さん。じっと見ていたら、焼きたてのアツアツのを1枚くれました
ロティ屋さん。じっと見ていたら、焼きたてのアツアツのを1枚くれました

魚屋

 

実はスリランカという国にはこれまで特別な興味がありませんでした。私は基本的にどこの国でも行ってみたいのですが、行ってみたい国リストの上位にスリランカがあったわけではありません。本当は今年はナミビアへ行きたかったのだけれど、計画が事情で頓挫して、たまたまスリランカが旅先として浮上して来ただけ。でも、

 

スリランカへ来てよかった

 

と思います。ほとんど予備知識がなかったけれど、ここに来たことで興味や親しみの持てる国がまた一つ増えた。知りたいと感じる国が増えた。今滞在している場所には書店もなく、仮にあっても英語のメディアはなさそうなのでネットでスリランカについて読むくらいですが、家に帰ったらスリランカに関する本をいろいろ読むつもりです。

 

 

私はなぜ旅がこんなに好きなんだろう。何のために旅をしているのだろう。

 

改めて考えて、出てきた一つの答えは「共感できる国を増やしたいから」。

ほんの1週間前まで、自分とは何の関係もなかった国。知っている人の一人もいなかった国。国際ニュースで悲惨な事件が起こっても、気の毒だとは思っても実感が沸かなかったであろう国。でも今は、ほんのちょっとだけだけど、知っている国になりました。私とスリランカとの間には、細い細い糸、ストリングホッパーと呼ばれるスリランカのそうめんに似た麺のような糸が繋がった。

 

旅が好きで、マイナーな場所にもよく出かける私は、人からよく言われます。

「そんなところへ行って何が面白いの?」

「危なくないの?汚くないの?」

 

ネガティブなイメージを持たれがちな場所は世界中にいくらでもあります。行ったことのない場所はニュースなどの報道でしか知る手段がほとんどなく、ニュースというのは主に悪いことなので、ネガティブなイメージを持ちやすいのはしかたのないことかもしれません。そして報道されることは、バイアスはあったにせよ、ほとんどの場合は事実でしょう。どこの国の社会もそれぞれ問題を抱えているもの。

 

でも、それだけじゃない。それだけのはずがない。私はいつもそう思うんです。どんな国でもそこには「普通」の人たちがいて、それなりに「普通」の生活をしているはずで、その普通の暮らしが私は知りたいんですよね。

 

昔、大学を卒業したばかりの頃、宇部興産の機械を輸入したイラクの会社のエンジニアが二人、日本へ出張に来たときに通訳をしたことがあります。一週間、ずっと一緒に工場を視察しました。アラビア語訛りの英語が聞き取りづらくて苦労したけれど、たくさん笑った楽しい一週間でした。

それから数年後、イラク戦争が起きたとき、まっ先に思ったのはあのエンジニア達のことでした。彼らはどうしているだろうか。「奥さんへのお土産に買った」と、嬉しそうに真珠のネックレスを見せてくれたイマドさんは無事なのだろうか。イラクへは行ったことがないけれど、イマドさん達と過ごしたあのわずか一週間で、私とイラクとの間には細い細い糸ができていたんですね。だから、他人事とは思えませんでした。

 

また、私がドイツに来てケルン大学のドイツ語講座に通っていたとき、クラスメイトにシリア人の夫婦がいました。とてもいい人たちで、よくお喋りしたんです。今はもうコンタクトが途絶えてしまったけど、彼らは永住するつもりでドイツに来たと言っていたから、今もドイツに住んでいるはず。シリア情勢が今のような状況になってからは、彼らのことをよく考えます。彼らは今、どんな気持ちで祖国の状況を見、多くの同胞が難民としてドイツに逃れてきているのを見ているのだろうと。

 

同じように世界で何かが起こるたび、ジャカルタで、バンコクで、カイロで、モスクワで、トルコのあの道で、アメリカのあの町で、私が出会ったあの人たちは大丈夫なのだろうか、と思う。

人生のある時点でたまたま遭遇しただけの人たち。深い話のできる友達になったわけじゃないけれど、忘れてはいない人たち。

 

世界にはいろんな文化や社会があって、異なる部分も多いけれど、でも、なんだかんだ言って、所詮みんな人間。根本の部分ではそう変わらないのだということを、知らない国を訪れるたびに感じるんですよ。そしていつも安心する。

 

その一方で、世界中で悲惨なことが起き続けている。人間というのは不思議なものです。

悲しいけれど、きっとこれからも争いは絶えず、悲惨なことは起き続けて行くのでしょう。でも、目を覆いたくなる、耳を塞ぎたくなるような辛いことが次から次へと起きても、私の中には悲観だけではない、希望がやっぱりあるんですよね。世の中は問題だらけ。でも、それだけじゃない。心のどこかに、人間という生き物に対する信頼がある。

 

それは、今まで世界のいろいろな場所で出会った人たちへの細い細い共感の糸が無数にあるからだろうな。

 

どこかの国で起きているネガティブなニュースが報道されるとき、「⚪︎⚪︎国の人たち」とどうしても塊で捉えてしまうけれど、近くで見ればそこには人間一人一人の人生があるんですよね。私という個人に大切な人生があるように、世界中のどの人にも大切な、誰とも交換することのできない人生がある。

旅をしていると、いつもそれを思い出します。